東京地方裁判所 昭和42年(ワ)4517号 判決 1971年8月30日
原告 鈴木富夫
右訴訟代理人弁護士 佐藤安俊
被告 田中済一
右訴訟代理人弁護士 後藤峯太郎
被告 亡松本ゆわ訴訟承継人 松本一男
右訴訟代理人弁護士 小川休衛
同 木村英一
主文
原告の被告松本に対する請求をいずれも棄却する。
原告の被告田中に対する請求を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
(原告の請求の趣旨)
一 被告松本に対する主位的請求
1 原告と被告松本の間で、原告は被告に対し別紙物件目録記載(一)の土地につき普通建物所有を目的とする賃料一ヶ月金六五一円、期間昭和三二年一一月一日から二〇年とする賃借権を有することを確認する。
2 被告松本は原告に対し、右土地中同目録記載(二)の建物の敷地部分を除いた部分である九八・七一平方メートルの土地を明渡せ。
二 被告松本に対する予備的請求
被告松本は原告に対し、金二四三万円およびこれに対する昭和四二年三月一七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告田中に対する請求
被告田中は原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡し、かつ、昭和四二年三月一七日以降右明渡済に至るまで一ヶ月金六五一円の割合による金員を支払え。
四 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決および右一2、二、三について仮執行の宣言。
(被告らの答弁)
主文同旨の判決。(但し被告田中は請求棄却の判決)
第二当事者の主張
(請求の原因―その一)
被告松本に対する主位的請求および被告田中に対する請求の原因
一1 別紙物件目録記載(一)の土地(以下本件土地という。)をその一部として含んでいる東京都世田谷区玉川用賀町二丁目五二三番地宅地四九五・八六平方メートル(以下本件五二三番の土地という。)は、もと訴外亡松本銀蔵(以下亡銀蔵という。)の所有であったところ、昭和四一年一月二一日亡銀蔵の死亡に伴い相続人協議の結果同人の妻たる死亡前原告訴外亡松本ゆわ(以下亡ゆわという。)においてこれを相続し、昭和四四年九月二八日亡ゆわの死亡に伴い相続人協議の結果同人の子たる被告松本においてこれを相続した。
2 亡銀蔵は昭和三二年一一月一日訴外斉藤保和(以下訴外斉藤という。)に対し、本件五二三番の土地を、普通建物所有を目的として賃料一ヶ月金二、九七〇円、期間昭和五二年一〇月三一日までの二〇年の約定で賃貸した。
二1 原告は昭和四〇年九月二日訴外斉藤との間で、原告において同訴外人に対し昭和三九年四月一〇日から昭和四〇年九月二日までの間に、同訴外人が原告に対し振出した約束手形の不渡および原告が同訴外人のためになした鉄屑代金の立替支払を原因として有するに至った債権合計金二、五五四、〇〇〇円を、原告を貸主、同訴外人を借主として貸借の目的とする旨の準消費貸借契約(以下本件準消費貸借契約という。)を東京法務局所属公証人西海枝芳男作成昭和四〇年第二、〇八八号債務弁済契約公正証書により締結した。
2 原告は昭和四二年一月二三日本件準消費貸借契約上の債権に基づき訴外斉藤の前記本件五二三番の土地に対する賃借権中本件土地を目的とする部分(以下本件土地賃借権という。)の差押命令(当庁昭和四一年(ル)第四、八三一号賃借権差押命令)を得て、右債権差押命令正本は昭和四二年一月二四日亡ゆわに対し送達された。
3 原告は同年三月一五日本件準消費貸借契約に基づく訴外斉藤に対する債権中金二四三万円の支払いに代えて本件土地賃借権を訴外斉藤から原告に譲渡する旨の賃借権譲渡命令(当庁同年(ヲ)第五〇〇号)を得て、右賃借権譲渡命令正本は同年三月一七日亡ゆわに対し送達された。
三1 (一)亡銀蔵は昭和四〇年八月頃訴外斉藤に対し本件土地賃借権を他に譲渡することにつき承諾を与えた。
(二) 仮りに右(一)が認められないとしても、被告松本は昭和四二年八月一八日原告に対し、亡ゆわから代理権をその頃授与されたうえ亡ゆわの代理人として、訴外斉藤において本件土地賃借権を他に譲渡することにつき承諾を与えた。
2 仮りに右1の各事実が認められないとしても、被告松本は本件訴訟において訴外斉藤の本件土地賃借権譲渡につき亡銀蔵または亡ゆわの承諾のないことをもって原告の本件土地賃借権の取得を争うことは許されない。
なぜなら原告は前記のとおり本件土地賃借権の差押ならびに譲渡命令によって本件土地賃借権を取得したのであるから、もし亡ゆわまたは被告松本において原告の右賃借権取得の効果を争おうとするならば、右各命令に対する執行法上の諸種の異議の手続においてのみこれを争いうるものなのであって、これをなさないままに右各命令の確定したのちにかかる異議の理由を別訴において主張することは許されないものだからである。
四1 被告田中は本件土地上に別紙物件目録記載(二)の建物(以下本件建物という。)を所有して本件土地を占有している。
2 本件土地の賃料相当額は一ヶ月金六五一円である。
五 被告松本は、原告が本件土地賃借権を取得したことを争っている。
六 よって原告は、
1 被告松本に対し、原告が本件土地賃借権(但し、賃料は本件五二三番の土地の賃借権についての賃料を、右土地と本件土地の面積の割合によって比例配分した額である一ヶ月金六五一円となる。)を有することの確認を求めるとともに、本件土地中本件建物敷地部分を除く部分の引渡しをなすべきことを求め、
2 被告田中に対し、被告松本に対する右本件土地賃借権により同被告の本件土地所有権に代位して、本件建物を収去して本件土地を明渡すべきことおよび原告の本件土地賃借権取得の日である昭和四二年三月一七日以降右明渡済に至るまで本件土地不法占有に基づく賃料相当の損害賠償として一ヶ月金六五一円の割合による金員の支払いを求める。
(被告松本の答弁)
一 請求の原因―その一―一記載の各事実は認める。
二1 同二1記載の事実は知らない。
2 同二2記載の事実は認める。
3 同二3記載の事実は認める。
三1 同三1記載の各事実は否認する。
2 同三2記載の主張は争う。
四 同五記載の事実は認める。
五 同六1記載の主張は争う。
(被告田中の答弁)
一 請求の原因―その一―一記載の各事実は認める。
二 同二記載の各事実は知らない。
三 同四1記載の事実は認める。
四 同六2記載の主張は争う。
(被告松本の抗弁)
一 訴外斉藤は本件五二三番の土地の賃借権に基づいて同土地上に、別紙物件目録記載(三)の建物(以下(三)の建物という。)を所有していた。
二 しかるところ訴外斉藤は昭和四一年一二月一九日訴外工藤美代治(以下訴外工藤という。)に対して、同訴外人に対する借入金債務の代物弁済として右(三)の建物所有権を譲渡して、同月二〇日訴外工藤に所有権移転登記を経由させ、併せて本件五二三番の土地の賃借権を同訴外人に譲渡した。
三 そこで亡ゆわは昭和四二年二月二日訴外斉藤に対し右同日同訴外人到達の内容証明郵便をもって、右賃借権の無断譲渡を理由として本件五二三番の土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
四 よって、本件五二三番の土地の賃貸借契約は原告において本件土地賃借権の譲渡を受ける以前に解除されていたのであるから、原告は本件土地賃借権を取得しない。
(原告の答弁)
一1 被告松本の抗弁一記載の事実は認める。
2 同二記載の事実は知らない。
3 同三記載の事実は知らない。
4 同四記載の主張は争う。
二 仮りに被告松本の抗弁事実が認められるとしても、以下により抗弁として失当である。
1 被告松本主張の右解除の意思表示は、原告主張の前記賃借権差押命令正本の亡ゆわに対する送達のなされた後になされたものなのであるから解除の効力を生じない。なぜなら、右差押命令正本の送達により亡ゆわは本件土地賃借権につき処分をなすことを禁止される旨の拘束を受けることになった結果、法定、約定のいかんを問わず本件土地賃貸借契約の解除をなしえなくなったものであるからである。
2 仮りに右主張が認められないとしても、請求の原因―その一―三2記載と同様の理由により被告松本は本件訴訟において右抗弁を提出し得ない。
3 仮りに右主張がいずれも認められないとしても、請求の原因―その一―三1記載のとおり亡銀蔵および亡ゆわはそれぞれ本件土地賃借権の譲渡につき承諾を与えたものなのであるから、かかる承諾を与えた後になって亡ゆわにおいて本件土地賃貸借契約の解除をなすことは、右承諾の効力を根底から覆すことになるのであるから禁反言の原則上許されない。特に賃借権の如く賃貸人の承諾がある場合に限って譲渡性を付与される権利においては、いったん賃借権の譲渡につき承諾を与えた賃貸人は、以後、法定、約定を問わずいっさい解除権を行使し得ない旨の絶対的拘束を受けるものと解すべきである。
(被告田中の抗弁)
一1 訴外斉藤は昭和四一年一〇月一三日当時本件五二三番の土地の賃借権に基づいて本件土地上に本件建物を所有していた。
2 被告田中はその頃までに同訴外人に対し金七〇万円を貸付けていたところ、右同日同訴外人から右貸付金債権の弁済の受領に代えて本件建物所有権の譲渡を受け、同日本件建物につき所有権移転登記を経由し、併せて同訴外人から本件土地賃借権の譲渡を受けた。
3 しかして、被告松本は昭和四二年一月一八日被告田中に対し右賃借権の譲渡につき承諾を与えた。
二 よって、被告田中は被告松本に対する本件土地賃借権に基づいて本件土地を占有しているのであって不法占有ではなく仮りに原告において本件土地賃借権の譲渡を受けたものであるとしても、被告田中は本件建物について所有権移転登記を経由することによって原告に優先する対抗要件を取得しているのであるから、原告は被告松本の本件土地所有権に代位して明渡しを請求することは許されない。
(原告の答弁)
一1 被告田中の抗弁一1記載の事実は認める。
2 同一2記載の事実中、被告田中が主張の登記を経由した事実は認めるがその余の事実は知らない。
3 同一3記載の事実は否認する。
二 同二記載の主張は争う。
(請求の原因―その二)
被告松本に対する予備的請求の原因
仮りに被告松本に対する主位的請求が認められない場合には、請求の原因―その一―一、二、三1および被告松本の抗弁一、二、三各記載の事実に加えて、
一 原告は亡ゆわが右解除権を行使して原告の取得すべき本件土地賃借権を消滅させたことにより、訴外斉藤に対する本件準消費貸借契約に基づく債権中金二四三万円につき弁済を受けられなくなり、ために同額の損害を蒙った。
二 しかして、亡ゆわの右解除権の行使は、亡ゆわの債務不履行(原告が賃借権の譲渡を受けたときは賃貸借契約を締結するという債務の不履行)、然らずとするも、差押えされたにもかかわらず解除権を行使するという故意または過失によって原告が譲渡を受けた本件土地賃借権を侵害した不法行為を構成する。
三 よって、亡ゆわの相続人である被告松本に対し右債務不履行または不法行為に基づく損害賠償として金二四三万円およびこれに対する原告が本件土地賃借権を譲り受けるべきであった日である昭和四二年三月一七日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(被告松本の答弁)
一 請求の原因―その二―一記載の事実は否認する。
二 同二記載の事実は否認する。
三 同三記載の主張は争う。
第三証拠関係≪省略≫
理由
一 請求の原因―その一―一記載の各事実は当事者間に争いなく、同二1記載の事実は≪証拠省略≫を総合するとこれを認めることができ、同二2および3記載の各事実は≪証拠省略≫を総合してこれを認めることができる。
二1 そこで、右認定の原告の本件土地賃借権譲受につき亡銀蔵もしくは亡ゆわの承諾があったか否かにつき判断する。
亡銀蔵において昭和四〇年八月頃、亡ゆわの代理人である被告松本において昭和四二年一月一八日、それぞれ訴外斉藤が本件土地賃借権を他に譲渡するについて承諾を与えた旨の≪証拠省略≫は以下に述べる事実に照らし採用できない。
≪証拠省略≫を総合するとつぎの各事実が認められる。
(イ) 訴外斉藤は昭和三一年一一月一日前認定のとおり亡銀蔵から本件土地を賃借した時、右土地と併せて亡銀蔵の所有であった隣接地たる東京都世田谷区玉川用賀町二丁目五二四番地の土地(三六坪)をも賃借したものであるところ、訴外斉藤が昭和四〇年八月頃その借金を整理するために右隣接地の賃借権を処分することについて亡銀蔵と協議した結果、右隣接地所有権(所有者亡銀蔵)および右隣接地賃借権(賃借権者訴外斉藤)を併せて売却することに合意が成立し、右両者は同年九月四日これを訴外細井美芳に売却したこと、
(ロ) 訴外斉藤は昭和四一年八月頃および同年一〇月頃、当時亡ゆわのために本件五二三番の土地の管理をしていた被告松本をたずね、訴外斉藤においてその借金を整理するために本件五二三番の土地の賃借権の処分をしたい旨の話をしたところ、被告松本との間で右土地につき、所有権および賃借権の両者を併せて売却することにより売却金を地主たる亡ゆわと賃借人たる訴外斉藤間で三対七の割合で分割して同訴外人の右借金の整理を図ることに合意がなされたこと、
(ハ) その頃原告も、訴外斉藤に対し前認定の本件準消費貸借契約締結に際し、同訴外人から本件土地賃借権を担保にとっていたところから、被告松本の許へ本件土地賃借権の処分につき相談に赴き同被告から前記の訴外斉藤との合意内容を告げられたこと、
(ニ) しかして原告は昭和四二年一月一八日被告松本の許へ訴外斉藤において本件土地賃借権を他に譲渡することにつき亡ゆわの承諾書をもらうために赴いたところ、被告松本は重ねて本件五二三番の土地の所有権および賃借権を併せて売却して訴外斉藤の借金の整理に協力したい旨をのべて、本件五二三番の土地もしくはその一部である本件土地につき賃借権と併せて所有権を売却するにつき承諾を与えることにより右土地売却についての代理権を授与したこと、
以上の事実が認められる。≪証拠判断省略≫
とすれば、亡銀蔵もしくは亡ゆわにおいて訴外斉藤が本件土地賃借権を他に譲渡するについて承諾を与えたとの原告の主張事実は結局認められないものというべきである。
2 そこで原告の請求原因―その一―三2記載の主張につき判断する。
亡ゆわは前記認定のとおり本件土地賃借権につき昭和四二年一月二四日賃借権差押命令を、同年三月一七日賃借権譲渡命令をいずれも第三債務者として送達されたものであるが、右により亡ゆわ(もしくはその相続人である被告松本)において当該土地賃借権譲渡についての承諾の欠缺を当該強制執行に対する諸種の異議手続においてしか主張できなくなる旨の拘束を受けると解することはできず、右承諾の欠缺している場合には賃借権譲渡命令の送達にもかかわらず当該賃借権の移転の効果は生ぜず、その反面として執行債権消滅の効果も生じないものというべく、第三債務者たる賃貸人は後日別訴においてその旨の主張をなし得るものと解するのが相当である。そして、第三債務者たる賃貸人は、ただ賃借権差押命令とともに差押債権者の申立により発せられる陳述命令の送達を受けながら陳述を怠りもしくは不実の陳述をなした場合に限り、そのことによって生じた損害を賠償する責任を負うにすぎないものなのである(民事訴訟法第六二五条、第六〇九条)。
とすれば、原告の右主張は失当である。
三 以上のとおりであるので、当事者のその余の主張、予備的請求原因を含めて判断するまでもなく、原告の被告松本に対する各請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、原告の被告田中に対する請求は被告松本の本件土地所有権に代位すべき債権としての本件土地賃借権を有するものと認められないのでこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡田辰雄 裁判官 広田富男 裁判官八田秀夫は海外出張のため署名押印することができない。裁判長裁判官 岡田辰雄)
<以下省略>